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2016-07

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【ご報告】ブータン再訪 - 2016.07.11 Mon

前回の記事でお知らせしたとおり、6月4日~8日、たった5日間でしたが、ブータンを再訪しました。

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3年半ぶりのブータンは懐かしいと同時に、発展の兆しがあちこちに見え隠れして、時が経ったことを感じさせます。

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ラウンドアバウトの中心にオブジェができてたり…

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空港が増築されていたり…

今回の目的は青年海外協力隊としての配属先だったろう学校を訪れることです。
到着し、同僚に電話すると「その日、学校が休みになったから、生徒も先生もいないよ~」と・・・
ハード面は変わっても、ソフト面は何ら変化のないことに、どことなくほっとする自分。。。
あー、そうそう、こんな2年間だったよね~と、一気にあのころに引き戻される出来事もありつつ、満喫してまいりました!

さて、本題ですが・・・
学校に訪れてびっくりしたことと言えば、私が作った美術室が、建物ごとなくなっていたこと。
職業訓練の立派な建物に建て替わっていました。
もともと職業訓練の施設が充実しておらず、先生方も熱望されていたものだったので、まあ仕方がないか、なのですが・・・

美術の授業は予想通り継続されてはおらず、ボランティアの派遣もない現在は時間割にも入っていない状態です。
私を含め、4年半ものボランティアの活動は、優先順位としてはそれほど高いものではないということなのか、それとも失敗なのか…
まだ、答えは出ていないんだな、と感じます。

かといって無駄なものではないと確信した出来事もありました。


    **     **     **    **


私の著書にも登場する生徒会長ナムゲイ君についての新たなストーリーをご紹介します。

私が活動していた2012年、当時6年生だったナムゲイは、美術が大好きで頭の良い生徒でした。

RIMG0124_R_20110903024345.jpg

私の助手のように毎日放課後に美術室を訪れて、下級生の面倒を見てくれていました。
「将来はこの学校に残って、美術を教えたいな」
それが彼の夢だと語ってくれました。

この学校は、2003年設立の新しい学校で、小中学校の付属ろう学校として、8年生までのカリキュラムが組まれていました。
本当は10年生までのカリキュラムがあり、8年を修了したものは高校に進学できるとのことだったのですが、手話のできる先生の不足と進学を希望する生徒の少なさで、全員をいったん卒業させていました。
1期生のナムゲイも8年生満了し、昨年の春に卒業。
ティンプーの伝統美術学校に進学したそうです。

その後、ナムゲイの下級生が先代の国王夫人とお会いする機会があり、こんなことをお話ししたそうです。
「僕はまだ学びたいことがたくさんあるのですが、学校を卒業しても受け入れてくれる教育機関がありません。」
それを聞いた国王夫人は、この学校で学び続けられるように配慮をしてくださったとのこと。

この話は卒業生たちにも伝えられ、希望者はもう一度この学校に戻ることができるようになりました。
ナムゲイも再入学を果たし、この春から一つ下の生徒たちと一緒に9年生として学んでいます。
「美術の先生になりたい」
そう話していたナムゲイは、今でもこの学校の教師になることを希望しています。

nw.jpg
がんばれ!!!

    **     **     **    **


今回の訪問は生徒たちには内緒だったようです。
私を見つけた生徒たちが、あの頃毎朝「今日は美術の授業ある?」と問いかけてきたときのように私を取り囲み、次々に「覚えてるよ!」と笑顔で再会を喜んでくれました。
中にはちょっと涙ぐむ生徒もいて、私も涙腺が崩壊する寸前でした・・・笑
当時4歳5歳だったちびちゃんたちも大きくなっていて、私が残した指導書をひろげ、「この人でしょ!思い出したよ」と話しかけてくれました。

2016-06-07 022_R

現在は90名ほどの生徒がいるようですが、半分ぐらいは入れ替わっていて一抹の寂しさも感じました。
生徒同士で結婚した子もいましたが、多くは親元に帰ったようです。

先生からもいろいろな話を聞きました。
あの頃は一度も言ってくれなかったのに、「あなたは本当に活動的だった。いろんなことを生徒と一緒にしてくれたし、何より生徒を心から愛してくれていた。たくさんの資金も稼いで、きちんと授業をしてくれていたね。新しく来た先生には、あなたのことを、そう話しているんだよ」と、教えてくれました。
当時言ってくれていれば、もう少しモチベーション上がったのに・・・笑


    **     **     **    **


そんなこんなで3時間程度の訪問だったのですが、その中で前回の記事に書いた本の寄贈とスピーカーの進呈を行ってきました。

本は、学校の書棚に保管し、大切にしてくださるとのことでした。

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難聴者用スピーカーは、数名の生徒に対しスピーチセラピーの先生とオーストラリアから来ているボランティアの先生が一緒にテストを行ってくださいました。

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このテストを受けた生徒は皆、補聴器だけの時よりもよく聞こえる、もしくは補聴器なしでも聞こえるとのことで、非常に有効であるとの好評価。
操作や破損時の修理など、まだまだ課題はあるのですが、しばらく使っていただき、レポートを下さるそうです。
何人も先生が様子を見に来ては「これはいいね!」「もう少しあれば、英語やゾンカの授業でも使えるね!」「職員会議でも、聴覚障害の先生が使える」と、口々に言っていました。

ブータンでは補聴器のメンテナンスが十分にできないこともあり、こういう外部機器で聴覚を補完できるツールは非常に便利です。
ご協力いただいたユニバーサルサウンドデザイン様とも相談したところ、ブータン側からのレポートを受けて、また新たな試みを実現できるかもしれません。
今度は本格的に利用の拡大ができるよう、私も勉強したいと思います。


    **     **     **    **


協力隊としてたった2年間のつもりでかかわったブータンでした。
問題を山のように抱え、泣きたいことばかりで、帰りたいと思ったことは両手でも足りません。
それでも協力隊の門戸をたたいた時の小さな志はくすぶり続け、ブータンの繋がりがライフワークとなる運命に導かれていたようです。

今、世界では不幸にもテロの犠牲になる国際協力関係者もおり、憤りを禁じえません。
きっと私と同じように、運命のうねりに身を任せた中で起こってしまった悲劇です。
ブータンで学んだ「自分ではどうしようもないことが、世の中にはたくさんある」ということが、今になって腑に落ちています。
それでも国際協力の道を選ぶ人の気持ちを今は理解ができるし、自分自身もこの運命の中で後悔しない人生を送れたら、と思っています。

これで、1回目の活動レポートはおしまいです。
今後ともご支援ください!
どうぞよろしくお願いいたします。

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プロフィール

HIYOKO

Author:HIYOKO
JOCV(青年海外協力隊)平成22年度3次隊・青少年活動
2011年1月6日~2013年1月5日 ブータンにて活動。
パロ県ドゥゲルのろう学校で美術を教えていました。

**********************
2013年、ブータンでの暮らしを描いたノンフィクションを、出版していただきました。
000_R.jpg
「ブータンの学校に美術室をつくる」
WAVE出版
定価 1,512円(本体 1,400円+税)
A5判 上製 164ページ
ISBN 9784872909616

WAVE出版
●amazon
●TSUTAYAオンライン
●紀伊国屋
●セブンネットショッピング
●クロネコヤマトのブックサービス
●Jbook


**********************
★ブータンの素材を使った雑貨を手作り販売しています。

gal1.jpg

売り上げの一部が、勤務していたブータンのろう学校へ西洋美術の画集を贈る資金になります。
販売は以下のサイトで!
ハンドメイド・手作りマーケット tetote(テトテ)

**********************


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